2009年4月29日水曜日

asahi shohyo 書評

ヨーロッパのアール・ヌーボー建築を巡る [写真・文]堀本洋一

[掲載]週刊朝日2009年5月1日号

  • [評者]海野弘

■あの時、こんな便利なガイドブックがあれば…

 鮮やかなカラー写真をふんだんにちりばめ、ヨーロッパ各地のアール・ヌーヴォー建築を紹介していく楽しい本である。著者はミラノ在住の写真家である。

 私自身、大好きな分野であるだけに、こんなに便利なガイドブックができたことにうれしくなる。かつては〈アール・ヌーヴォー建築〉ということばはなかった。部分的な装飾工芸に過ぎない、とされていたのである。だから、ひとつひとつさがしていくのが大変だった。

 ここでは、スペイン、ドイツ、フランス、ベルギー、スイス、イタリア、イギリス、オーストリア、オランダがあつかわれている。 アール・ヌーヴォーは国によってちがった名を持っている。スペインでモデルニスモ、ドイツでユーゲント・シュテール、イタリアでリベルティ、オーストリア でウィーン分離派などと呼ばれる。それらが〈アール・ヌーヴォー〉として共通のスタイルにくくられるようになった。その上で、それぞれの国の独自性も見分 けられるようになった。そのようなアール・ヌーヴォー研究の歴史的成果がここにも生かされていて、共通のスタイルをたどりつつ、国ごとの特徴が写真と文に よってくっきりわかるようになっている。

 かつてこれらの建築をめぐってとぼとぼ歩いていた自分を思い浮かべたりしながら、頁をめくっていく。バルセロナで、はじめはガ ウディの建築を見てまわるのだが、そのうちに、街中にあふれている無名のアール・ヌーヴォー建築に夢中になってしまう。フランスのナンシーでも、エミー ル・ガレだけではなく、街そのものが一つのアール・ヌーヴォー都市であることが浮かび上がってくる。

 作家の経歴や建築所在地の都市地図も丁寧に入っている。あの時、こんなガイドブックがあれば、無駄なまわり道をしなかったのに などと思うのであるが、そのようなまわり道のさまよいがあったからこそ、この本にこめられた著者の親切が伝わってくるのかもしれないなどとも思うのであ る。

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