2010年9月21日火曜日

asahi shohyo 書評

Front Row アナ・ウィンター—ファッション界に君臨する女王の記録 [著]ジェリー・オッペンハイマー

[掲載]2010年9月19日

  1988年、38歳で米「ヴォーグ」誌の編集長に就任し、2000年代にかけて同誌の収益を飛躍的に伸ばしたアナ・ウィンター。映画「プラダを着た悪魔」 のモデルといわれるカリスマ編集長の人生を周囲の人々の証言などからつづる。ロンドンの裕福な家に生まれ、高校時代にスカート丈を校長から注意されるとそ のまま中退。数々のファッション誌や雑誌の編集部で働くが、傲慢(ごうまん)で、どこでも同僚とあつれきが生じる。だが本人は意に介さず、ひたすら上を目 指す。冷徹で人をけ落としてポストを手にいれていく強靱(きょうじん)な精神力と、仕事の辣腕(らつわん)ぶりに圧倒される。

    ◇

 川田志津訳

表紙画像

Front Row アナ・ウィンター ファッション界に君臨する女王の記録

著者:ジェリー・オッペンハイマー

出版社:マーブルトロン   価格:¥ 2,625

asahi shohyo 書評

おっぱいとトラクター [著]マリーナ・レヴィツカ

[掲載]2010年9月19日

  • [評者]鴻巣友季子(翻訳家)

■大まじめな論文がユーモア醸す

 作者は独の難民キャンプで生まれたウクライナ系英国作家。本書が58歳のデビュー作だ。

 最愛の妻をなくした老父の前に、巨乳の若いウクライナ美女が現れ、悩殺された父さんは結婚へまっしぐら! 女はヴィザと就労許可証目当てなのが見え見えで、娘たちは邪魔をしようと奔走するが……。

 イギリスのコメディ文学賞を受けただけあり、テンポのある文章、畳みかけるボケ・ツッコミの連続で飽きさせない。しかし本作の 真髄(しんずい)は、元エンジニアの父が新妻のインテリの元亭主に勧められて書く論文「ウクライナ語版トラクター小史」(原題はここから)である。農業ト ラクターはソ連にコルホーズを創造し、英国では自動車の技術で進歩を遂げ、武器を生み、はては1920年代米国の株価大暴落と世界恐慌を起こしたという。 大真面目(まじめ)な論文が本作の物語文脈におかれると、えも言われぬユーモアを発揮する。発明された一台のトラクターを起点として世界の歴史を俯瞰(ふ かん)するところに発想の転換がある。言語と国と人種の越境というパワーがもたらした茶目(ちゃめ)っ気が、最大限に生かされた快作だ。

    ◇

 青木純子訳

表紙画像

おっぱいとトラクター (集英社文庫)

著者:マリーナ・レヴィツカ

出版社:集英社   価格:¥ 840

asahi shohyo 書評

〈動物のいのち〉と哲学 [著]C・ダイアモンド、S・カヴェルほか

[掲載]2010年9月19日

  • [評者]高村薫(作家)

■殺される姿 問われる人間の基盤

  七〇年代に動物の権利擁護を求める過激な動物保護の思想が登場して以来、クジラやイルカの保護は世界の潮流になったが、食肉産業や実験動物の売買が消えた わけではない。菜食主義者が革靴を履き、ペットを愛する人間が競走馬を潰(つぶ)した馬肉を食べたりもする。イルカの知能の高さを保護の理由に挙げる人 が、事故や疾病で知能が失われた人間を保護しないでいいということもない。

 動物の扱いについて、人間はこのように錯綜(さくそう)しているのだが、とまれ欧米では今日まで、動物とは何であるかを規定 し、動物をどう扱うべきかについて多くの議論が重ねられてきた。それらはおおむね権利論や生命倫理の側面からの言語ゲームに終始し、懐疑に懐疑で応えるが ごとき不毛さではあるのだが、一方で、哲学や文学からのアプローチがこの問題に与えてきた深みには驚くべきものがある。なにしろ、動物の扱いをめぐる問い が、哲学や倫理の限界へと接近してゆくのだから。

 本書は、南アフリカのノーベル賞作家クッツェーによるプリンストン大学での記念講義——架空の小説家の講義に対して架空の学者 たちが論評するという構造をもち、後に『動物のいのち』としてまとめられた——をめぐる、アメリカとカナダの哲学教授たちによる論文集である。『動物のい のち』自体がそうであるように、問われるのは個々の動物の扱いや動物保護の是非ではない。俎上(そじょう)に上っているのは、殺戮(さつりく)される動物 を眺めながら、突然自分が見ているものを言葉で言い当てることができない自分を発見する人間である。そのとき、この世界にむき出しで晒(さら)されなが ら、自分が動物と同じ脆(もろ)い肉体をもつことを認めて傷つき、そんな認識に至る自分にさらに傷つく人間である。人間が動物に対している行為を眺めなが ら、生ける動物である自分を発見してうろたえ、人間であることの基盤が試練にさらされている、その瞬間をも凝視せざるを得ない人間である。こうした人間の 現実から逸(そ)れていない哲学はないと言ったのは、シモーヌ・ヴェイユだ。

    ◇

 中川雄一訳/Stanley Cavell ハーバード大名誉教授。『哲学の〈声〉』

表紙画像

"動物のいのち"と哲学

著者:コーラ ダイアモンド・ジョン マクダウェル・イアン ハッキング・ケアリー ウルフ・スタンリー カヴェル

出版社:春秋社   価格:¥ 2,940

表紙画像

哲学の"声"—デリダのオースティン批判論駁

著者:スタンリー カヴェル

出版社:春秋社   価格:¥ 3,570

asahi shohyo 書評

世界で最も危険な書物—グリモワールの歴史 [著]オーウェン・デイビーズ

[掲載]2010年9月19日

  • [評者]田中貴子(甲南大学教授・日本文学)

■古代から現代へ魔術書の謎追う

  夕暮れ方、ふと立ち寄った古書店の片隅で見つけた見慣れない本。開いてみると呪文らしきものや奇妙な図形が……。これはもしや魔術書ではないか。そう、世 界中のすべてのことが叶(かな)うという書物だ。あなたはそれを買うだろうか。それともそっと元の場所へ戻すだろうか。

 古来、人々は魔術や錬金術といったものに深い関心を示してきた。そして、古代から近代に至るまで、それらについて書かれた秘密の本があると伝えられた。その本はただ一冊ではなく、多くの「魔術師」によって書かれたとされる。

 「ちちんぷいぷい」という日本人にはおなじみの呪文があるが、本当の由来はつきとめられていない。しかし、西洋には呪文を集めた魔術書が数えきれないほどあるのだ。

 たとえば、16〜18世紀頃に西欧に流布していたファウスト博士伝説(ゲーテはそれに材を得て「ファウスト」を書いた)では、 悪魔に魂を売ったファウスト博士自身が魔術師となって数々の魔術書を作ったといわれている。このような不特定の魔術書のことを、本書ではグリモワールと総 称している。

 本書は、題名はトリッキーだが精密な調査に基づいたまじめな本である。グリモワールが古代中東に生まれ、キリスト教だけではな くユダヤ教やイスラム教の要素も加わり、中世に大きく発展した様相が浮かび上がってくる。グリモワールの歴史を現代まで追う試みはおそらく初めて日本に紹 介されたものだろう。ラブクラフトの作品に登場する謎の魔術書「ネクロノミコン」まで言及されるのはファンにはたまらない。

 また、電子書籍の進出により紙の本が危機を迎えているが、グリモワールは文字や書物の形態そのものが魔力を宿すとされ、紙の本の存在価値を再考するためにも示唆的である。「書物は魔法的な存在になり得る」という著者の言葉は力強い。

 さて、これを読んで古書店のあなたの手はもう例の本に伸びているのではないか。かすかに聞こえてくるのは、エロイム・エッサイムのあのひびき。

    ◇

 宇佐和通訳/Owen Davies 英ハートフォードシャー大学教授(社会史)。

表紙画像

世界で最も危険な書物—グリモワールの歴史

著者:オーウェン デイビーズ

出版社:柏書房   価格:¥ 5,040

kinokuniya shohyo 書評

〈死の欲動〉と現代思想 [著]トッド・デュフレーヌ

[掲載]2010年9月19日

  • [評者]斎藤環(精神科医)

■精神分析の二度目の"死"に照準

 20世紀は「精神分析の世紀」だった。いまや精神分析は、効果の疑わしい過去の治療法として、共産主義よりは緩慢な死を迎えつつある。

 精神分析は二度死ぬ。一度目は治療の技法として。二度目は批評理論として。心理学者ハンス・アイゼンクらの手によって、一度目の死は確認された。問題は二度目のほうだ。思想や批評理論における精神分析の影響は、いまだきわめて大きい。

 デュフレーヌは賢明にも後者に的を絞った。この領域ではフロイトが"発明"した〈死の欲動〉こそが諸悪の根源なのだ。

 フロイトは、そのもっとも思弁的な論文「快感原則の彼岸」において、孫の遊びに注目する。糸巻きを投げては引き戻す遊びを、母親の不在の苦痛をあえて再演する行為と考え、そこに自己破壊衝動、すなわち〈死の欲動〉を見いだす。

 著者はこの概念が、すでに過去の遺物となったヘッケルの発生理論やラマルクの進化論から決定的な影響を受けていることを厳密に論証してみせる。次いで、この"トンデモ"な概念が、精神分析はもとより思想界にどれほど深甚な影響をもたらしたかが徹底的に検証される。

 このくだりだけでも本書の資料的価値はきわめて高い。

 しかし、序文でボルク=ヤコブセンも指摘する如(ごと)く、フロイトのメタ心理学は実にしたたかだ。叩(たた)かれ、批判されることで息を吹き返し、批判者をいつの間にか分析的思考に取り込んでしまう。そう、たとえばデリダがそうであったように。

 それゆえ物足りなさも残る。たとえばラカン。〈死の欲動〉の誰よりも忠実な相続人であった『エクリ』の著者を前に、デュフレー ヌの舌鋒(ぜっぽう)はいささか鈍る。彼はラカンがフロイトの理論から非科学的要素を巧妙に取り除いた点を批判するのだが、これではただの否認にすぎな い。

 本書は、ラカン派たる私を"改宗"させるには至らなかった。ただしメタ心理学的世界観が「他者への無関心」とナルシシズムにつながるという本質的批判に対しては、実践をもって反証に代えるしかないだろう。

    ◇

 遠藤不比人訳/Todd Dufresne カナダのレイクヘッド大学教授。

表紙画像

〈死の欲動〉と現代思想

著者:トッド・デュフレーヌ

出版社:みすず書房   価格:¥ 5,040

表紙画像

エクリ 1

著者:ジャック・ラカン

出版社:弘文堂   価格:¥ 6,668

kinokuniya shohyo 書評

2010年09月21日

『「クラシック音楽」はいつ終わったのか?−音楽史における第一次世界大戦の前後』岡田暁生(人文書院)

「クラシック音楽」はいつ終わったのか?−音楽史における第一次世界大戦の前後 →bookwebで購入

 「王様と戦争」の歴史にかわる、社会史や全体史の重要性が唱えられて久しい。しかし、ちょっと考えてみると、「王様と戦争」を中心に語ってもかまわな い、いや語った方がいい時代や社会もあれば、そうでない時代や社会もある。「王様と戦争」より社会史や全体史のほうが、その時代や社会にとって重要な意味 をもつことを理解しなければ、歴史学としては皮相なものに終わってしまう。本書で、著者、岡田暁生が音楽史を扱うのは、そんな皮相なものではなく、王様よ り市民・国民が主体となった第一次世界大戦の前と後の音楽を通して、時代や社会が見えてくるからである。

 長い19世紀を通して成立した市民社会が行き着いた先は、総力戦というなにもかもを「暴力」で打ち壊す大戦争であった。音楽も例外ではなかった。「この 戦争で生じた社会の根底的な再編成が、一八世紀後半の啓蒙の時代以来のインテリ・ブルジョワ文化の没落をもたらし、さらにはファシストとボリシェヴィキ革 命の温床になった」。そして、「一九世紀市民社会が作り出したクラシック音楽の語法・美学・制度とは決定的に違った音楽」が、第一次世界大戦前後に登場し た。

 「第1章 戦争の「前」と「後」−音楽史の亀裂としての第一次世界大戦」の5つの節のタイトルをみれば、いったいなにがおこったのか想像できる:「1  アヴァンギャルドの誕生」「2 アメリカ・ポピュラー音楽の勃興」「3 録音音楽の時代」「4 音楽における国際主義」「5 国有化される音楽?」。そし て、第2章で戦前、第3〜4章で戦中、第5章で戦後について、もうすこし詳しくみていく。

 「第2章 モダニズムからアヴァンギャルドへ−大戦勃発前に起きたこと」では、伝統的な音楽が完全に否定された例として、「「ド」の音/「ドミソ」の和 音」をあげている。従来、「曲の途中でどれだけ不協和音を使ったとしても、必ず最後はドミソという協和した響きに戻って終わる」ものが終わらない。著者 は、「絵画とはキャンバスに絵具で様々な事物を描いたものである」とか「文学とは意味のあるセンテンスを組み立てて書くものだ」といったことと同じくらい に自明の法則だったものからの逸脱・解放だという。

 「第3章 熱狂・無関心・沈潜−戦中の音楽状況」では、戦争が長期化するに従って、音楽家たちの戸惑っていく様子が描かれている。「大戦が勃発したとき 最も熱狂したのは、いわゆる知識人たち」で、「文化の力で現実政治を動かすことが出来ると、大真面目に信じ」、「精神文化によってこの未聞の大戦争を勝ち 抜く」と、音楽に課された「国民を励ます」という役割を果たそうとした。しかし、現実には、知識人たちは「文化の絶望的な無力」、「偏狭なナショナリズム の愚かさ」を思い知らされることになり、「個人の刹那の感情を超えた客観性を追求する必要性」を感じることになる。

 そうしたなかで、「第4章 社会の中の音楽−パウル・ベッカー『ドイツの音楽生活』をめぐって」では、「音楽は社会が作る」というテーゼが議論される。 ベッカーは、つぎのように嘆く。「音楽には常に社会的要素が不可欠であり、かつては音楽の注文主であった教会や王侯が、その役割を担っていた。だが今や音 楽家と社会との間に、創造せず媒介するだけの、エージェントが割り込んできた。彼らは音楽を商品としてその利益を中間搾取しているだけであり、様々な娯楽 音楽を人々のニーズに応じて提供することでもって社会の一体感を分断してしまい、社会全体に呼びかけるという音楽本来の使命を見失わせるに至った。社会は 享楽を求める者、無関心な者、教養を求める者へ分裂し、音楽家は利益に関心がある諸グループへ解体し、仲介業者の支配は音楽家として本来の使命を忘れさせ た」。そして、「大戦の最大の原因ともなった一九世紀ナショナリズムを克服する必要性」を説き、「音楽は社会が作る/音楽が社会を作る」「音楽は人々が作 る/音楽が人々の絆を作る」を主張した。

 さらに、「第5章 音楽史における第一次世界大戦とは何だったか−戦間期における回顧から」では、「行動する音楽」の美学が議論される。戦後流行るの が、「ジャズやキャバレー・ソングだが、近代社会ではほとんど見られなくなった労働歌、あるいは中世のモテットなどにも同じ特徴が見られる。そもそも本来 の音楽とは「する」音楽であって、近代芸術音楽のように身体も動かさず粛々と傾聴する音楽の方がよほど特殊なのだ」という「ブルジョワ資本主義批判として の一九世紀音楽批判」を取りあげている。戦争を通して、「人々を集団的な死に向かわせる程の力を音楽は持ち得る、ただしそれは国歌や軍歌であって、決して オペラや交響曲ではない」ことを、人びとは学んだ。著者は、この章を「この苦い事実に一体どういうスタンスを取るのか。これこそが、音楽と真剣に向き合お うとする人々に対して第一次世界大戦が突きつけた、最大のアポリアであったかもしれない」と結んでいる。

 そして、著者は最後に「あとがき」で、「第一次世界大戦と音楽」という主題への課題を、つぎのように述べている。「第一次世界大戦からの精神的武装解除 として一九二〇年代の音楽を考えるとき、とりわけ重要になってくるのは、音楽家たちの「内面生活」を、第一次世界大戦をコンテクストとして、読み解く試み であるはずである。とはいえ、「内面」を推し量るためには、状況の「外面」の把握がやはり不可欠だ。第一次世界大戦中の各国における音楽生活の現実。前線 においてはどうであったか。銃後においてはどうであったか。総動員体制の中で音楽はどう位置づけられていったか。そこで音楽家たちはどういう問題に向き合 わねばならなかったか。しかしながら、これらの問いに答えてくれるような文献は、今のところ皆無だ。従来の二〇世紀音楽研究において第一次世界大戦は、や はり一種の盲点になっていたのであろう」。「本書は、「第一次世界大戦というコンテクストを組み込んでみると、一九一〇/二〇年代のヨーロッパ音楽史がど う見えてくるか」についての、試論にすぎない」。

 このヨーロッパ音楽史が見えてきたとき、第一次世界大戦の前と後でヨーロッパ社会がいかに変貌したかが見えてき、さらにヨーロッパを越えて世界の音楽史 や新たな時代・社会が見えてくることだろう。それが今日の社会に、どうつながるのか、重要な研究であることがわかったが、先は遠いようだ。本書は、開戦 100周年にあたる2014年に最終的な成果を世に問うことを目標としている、京都大学人文科学研究所の共同研究の中間的な成果報告として刊行されたシ リーズ「レクチャー 第一次世界大戦を考える」の1冊である。シリーズ名に「レクチャー」と銘打っているのは、全学共通科目で実際に講義した内容と重なる ものが多く、本シリーズが広く授業や演習に活用されることを期待しているからである。「中間的な成果報告」であるだけに、著者自身解決不可能と思われるよ うな難題を覚書きしているものもあり、共同研究という性格上ほかのメンバーに問いかけているものもある。シリーズ全体で、第一次世界大戦の総合的理解がよ り容易になり、本書を含めそれぞれの仮説がいっそう深められ、洗練された最終的な成果となることを期待したい(わたしも共同研究のメンバーのひとりなのだ が、こんな他人事のように書いていいのだろうか・・・)。

→bookwebで購入

kinokuniya shohyo 書評

2010年09月21日

『老い衰えゆく自己の/と自由』天田城介(ハーベスト社)

老い衰えゆく自己の/と自由 →bookwebで購入

「根源的な生き難さへの問い」

さまざまな研究やドキュメンタリーなどで「素晴らしい介護の実践」や「これからの社会の切り札となる介護」が紹介される時、何か違和感を覚えることはない でしょうか。それは、確かにそれが素晴らしいものであることを心の半分で認めつつ、しかし心のもう半分では、事の背景にある問題がそんなに簡単に片付くも のだろうかという疑問、あるいは、そもそもの苦しみや悩みの部分が置き去りにされてしまっているのではないかという疑問のようなものを抱いている、そんな 感覚です。この本の著者である天田さんは、1990年代に興隆した小規模介護施設を推進する言説(「小規模多機能サービス拠点論」(注))に対する違和感 から論を起こしています。もちろん、そのような小規模な施設では、大規模施設ではとりにくい施設スタッフと利用者とのコミュニケーションが展開されている 可能性があります。しかし、その内実を吟味することなく、ただ「小規模多機能サービスこそ、これからの切り札だ」というふうに見せることは、私たちに、そ れらのケア実践が、あたかも老い衰えゆくことの根本的な生き難さに対する万能の<解決策>であるかのうような印象を抱かせるかもしれません。

注1:小規模多機能サービス拠点論とは、住みなれた地域で(在宅を基本として)暮らし続けるために、「通う」(デイサービス)、 「泊まる」(ショートステイ)、「家に来てもらう」(ホームヘルプ)、そして場合によっては「住む」(グループホーム)といった多機能から成るサービス を、各地域(比較的限定されたエリア)を担う拠点が提供する、という構想ないしモデルを指します。比較的限定されたエリアであるために、サービス拠点ない し施設は、住民と顔の見える関係を築けるような小規模なもの(例えば、民家を改造して施設にする、等)となるわけです。

この本でいう「老い衰えゆく」は、いわゆる痴呆(認知症)のことを指しています。しかし、この本の後の部分で、痴呆とされる人がアイデンティティ保持のた めに必死にあの手この手を弄する(つまり、その点についていえば、私たちと変わらないかもしれない)様子が描かれていることからもいえるように、天田さん にとっては「痴呆/非痴呆」の区別自体が定かではありません。さらにいえば、「あの人は痴呆だ」ということによって、「正常な私たち」から「痴呆の人」を 切り離すアイデンティティの政治に染められている側面があります。そのため、この本では、例えば「ボケゆく」といった言葉ではなく、あえて一般的な「老い 衰えゆく」という言葉が選ばれています。

第2章では、老い衰えゆくこと「根源的受動性」が論じられています。「根源的受動性」というのは、老い衰えてゆくことが、本人の意思に関わらずその 人に襲いかかってくるものであり、その結果、自己の身体はケアを無防備に「受ける」ものとなり、なおかつそうした苦しみを言葉にすることもままならない、 ということを指しています。これは、本人にとっては暴力的とさえいってもよい経験であり、そのことが、しばしば周囲には「問題行動」と呼ばれる行動に結び ついている可能性があります。このような苦しみの根深さをふまえれば、それを安易に解決されるものとして見せてしまう言説(先に挙げた小規模多機能サービ ス拠点論も、その一つ)からは、徹底して距離をとるべきだということがいえます。

続く第3章では、「施設介護(特別養護老人ホームの痴呆専門棟)」「家族介護(実子、長男の妻)」「高齢夫婦介護」という三つの領域において、本人 のみならず介護者においても生き難さが深化していく様が、著者自身の調査によるデータを分析しながら、論じられています。そこで浮かび上がってくるのは、 老い衰えゆくことに対して人々が懸命に対処しようとするプロセスのなかで、ある種のアイデンティティへのこだわりが生じてしまう、ということです。例え ば、高齢夫婦における介護で、介護する配偶者は、以前とはすっかり変わってしまった伴侶を嘆きながらも、その伴侶が「(言われたことや起こっていること を)わかっている」のではないかとしか思えない場面に出くわします。すると、介護する配偶者は、伴侶に対しては、そうした「心」や「感情」がまだある人な のだと認識を再構成しながら、(家族など)周囲の人にもその出来事を話して共有してもらおうとすると考えられます。しかし、そのような微細な出来事を周囲 の人が共有して維持するのは難しく。なぜなら、周囲の人が実際に目にするような多くの場面では、やはり「痴呆」としか見えないからです。その結果、介護す る配偶者は、自分だけがこの人の「心」「感情」を代弁できるのだ、という思いを深めます。そして、「やはり介護は他人任せにせず、夫(または妻)たる自分 がせねば」という思いが芽生え、「夫」あるいは「妻」としてのアイデンティティを強化する形で介護を抱え込んでいくことになってしまいます。

第4章では、1990年代以降先駆的と言われた宅老所やグループホームのケア実践者に対して行われたインタヴューをデータとして、分析が行われてい ます。興味深いことに、これらの実践者は、しばしば自分たちが「無力」で「不完全」だと語ります。これは単なる謙遜というよりも、むしろ、老い衰えゆくこ とと折り合いをつけ「よりましな場」を目指していく営みとして自己認識していることを指しています。そして、その過程において、「ケアする者」と「ケアさ れる者」というアイデンティティの対は、しばしば宙づりにされる、と天田さんは分析しています。

(インタヴューでの語り:一部引用者による編集あり) 「ある日、○○さんが穏やかで優しい△△さんを杖で叩いたのですね。それを見て、私はもうキレてしまったんです。『何で△△さんを叩くの! 何もしていな いひとをいじめたらいかんでしょう。○○さんは民生委員しとったのやろうが。その名前を汚すとね!!』って叫びました。すると、今度は杖を振り上げて私に 襲い掛かってきたんです。あまりにもすごい形相でしたので、ちょうど玄関にたまたま置いてあったカメラを構えて、襲い掛かってくる彼女を写したんですね。 だけど、その写真を撮られたことで彼女はさらに逆上して、もう無茶苦茶に叩かれました。気がつくと、私も必死で叩き返していました。その一件があった後、 ○○さんは私に向かって『おい、S子!』というふうに娘の名前を呼ぶようになっていきました。これでもかこれでもかとばかりに難問を突きつけられて、まる で『分かったつもりでいるなよ!』って言われている気がして、私たちは彼女の存在そのものに圧倒され、強く深く魅かれていきました。(『老い衰えゆく自己 の/と自由』204-5ページ)
利用者に対して「キレてしまった」ばかりではなく、襲い掛かってくる利用者にカメラを向け、しまいには叩きあいの喧嘩をしてしまう——ここでは、語り手と 利用者との関係はもはや「ケアする/される」といったものではなくなっています。そして、語り手は、このように<起こってしまった>ぶつかり合いの中で、 その中で語り手は「ケアする者」のアイデンティティを脱ぎ捨てる(というよりも、脱ぎ捨てざるをえない)ことになります。この事件を経て、語り手から見た 利用者は、自分に対して何らかの信頼を持ってくれる存在になっています。とはいえ——ここが重要なところだと思うのですが——二人の関係は必ずしも安定的 なものではなく、むしろ「『分かったつもりでいるなよ!』って言われている気が」たえずするような関係が続きます。つまり、一定の信頼感が持てるように なった関係においてさえ、「ケアする者」としてのアイデンティティは、常に脅かされる弱さを備えたものになるのです。天田さんによれば、優れた実践者たち は、そうした弱さを隠そうとか解決しようとしたりするのではなく、むしろ利用者に対してもオープンにしつつ(「弱さの情報公開」)、ともに「よりましな 場」を創っていこうとするスタンスをとっているようです。

このように、データから見えてくるのは、「ケアする/される」ことに関わるアイデンティティへのこだわりが(たとえ一時的にせよ)溶解していまうよ うな営みである、といえます。ただし、これらの優れた営みでさえ完全無欠の<解決策>とは言い難いことは、上に引用した例からも十分に感じとれるのではな いかと思います。それらの営みは、老い衰えゆく人との生身の人間としてのかかわりを続けていく中で偶然に産み落とされる性質が強く、また、他の場面への転 用が利く「how to」的な知ではありません。このように考えると、老い衰えゆく経験の中で、私たちがからめとられてしまうもの(アイデンティティへのこだわり)から自由 になることの確かな理論的根拠が求められるのでしょう。この本の第5章は、著者がそうした理論的根拠を探し求める思索の旅の様相を呈しています。私が思う に、天田さんは、そうしたとらわれからの自由を安易に、かつ楽観的にとらえることを徹底的に警戒し、もしそのような自由があるとすれば、それはあくまで も、私たちが老い衰えゆく身体からの届かぬ声を無視したり忘却するのではなく、たえずそこから<呼びかけ>られ、またそれに<応答>するような関係を築い たうえでのことである、という主張を貫こうとしています。

分量が多いうえに理論的にも高度なので、初学者にはハードルが高いかもしれません。しかし、私たちの社会において根本的な生き難さに目を見据え続け ることの重要性を、これほど骨太に論じた本はなく、私が思うところの<社会学らしさ>の真髄を表す一冊といえます。認知症のみならず、様々な病い、あるい は障害にも通じる内容です。向学者は是非一度チャレンジしてみてほしいと思います。


→bookwebで購入

kinokuniya shohyo 書評

2010年09月21日

『ブーバーとショーレム—ユダヤの思想とその運命』上山 安敏(岩波書店)

ブーバーとショーレム—ユダヤの思想とその運命 →bookwebで購入

「第三世代のドイツのユダヤ人たち」

 上山の『宗教と科学』の巧みな整理によると、ドイツのユダヤ人論は大きく分けて三つの世代に分類できる。実世代ではなく、精神的な世代である。第一世代 はフランスの啓蒙の精神を受け入れて、ユダヤ人が同化した時期の世代である。カント、レッシング、メンデルスゾーンの世代であり、ユダヤ教がキリスト教と 同じ権利をもつ宗教として容認されながらも、ローカルで、キリスト教に改宗することが望ましいと考える世代である。合理主義のまなざしが強い(もっともメ ンデルスゾーンは家ではユダヤ人であることを主張した)。

 第二の世代は、ユダヤ主義と反ユダヤ人が奇妙に入り交じった世代であり、ユダヤ主義の古典時代を称賛し、神殿破壊以後のユダヤ教を強く批判するものであ る。キリスト教はこの初期のユダヤ主義の精神を継いでいるとされるのであり、解明的なプロテスタントたちがこの考え方を採用する。『道徳の系譜学』のニー チェがそうであり、『古代ユダヤ教』のウェーバーがそうであり、『人間モーセと一神教』のフロイトもこれに近い。

 第三の世代が本書のテーマであるブーバーとショーレムの世代であり、ユダヤ教の神秘主義を採用することで、同化のユダヤ人とも、キリスト教に親し みをみせるユダヤ人とも異なり、ユダヤ教の「タルムード、ミシュナー、ハシディズム、ユダヤ神秘主義の研究の世代」(『宗教と科学』38ページ)である。

 ブーバーは、『我と汝』の対話の哲学で有名だが、それ以前には、ベーメで学位論文を書き、ハシディズムに没頭していた。その後はユダヤ教の神秘主 義を研究するが、キリスト教の神秘主義とは異なって、神と人間との合一を目指さないところに特徴がある。「神秘体験なるものは、神と人間とのあいだに成立 するものではなく、人間の内部において生起する魂の一体化・統合として成立する」(p.59)とされている。

 これにたいしてショーレムは、第二世代のユダヤ人学者たちのように、神殿崩壊以後のユダヤ教を劣ったものと考えるのではなく、カバラやグノーシス がユダヤ教における正統な理論だと考える。グノーシスは「ユダヤ的源泉のもつ創造的なエネルギーが想像的・神話的に噴出したものと、グノーシスを位置づけ た」(p.116)のである。ショーレムは神話にこそ、ユダヤ教を「活性化させ、内から推進する力」(p.117)があると考える。

 この新しい世代によって、キリスト教的な見方からユダヤ教の神秘主義が復権されることになる。ベンヤミンとショーレムの往復書簡が語っているように、このユダヤ教の神秘主義は、マルクス主義的な見方をしていたベンヤミンの歴史観にも重要な影響を与えてゆくのである。

 なお第七章の「アーレントとショーレム」は、二人の位置の取り方を遠近法のうちに描きだして読ませる。有名な『イェルサレムのアイヒマン』をめぐ る論争以前に、すでにアレントの「シオニズム再考」をめぐって、論争が展開されていた。ショーレムはアレントに宛てた書簡で、自分がナショナリストである ことを明確に認め、「永遠の反ユダヤ主義」の存在を主張する者であることを認める(G. Scholem, Briefe, 1) 。

 アレントはファシズムをソ連のヴォルシェビズムとともに全体主義として考察するために、ショーレムのこうした考え方は受け入れようがなかったし、 『全体主義の起源』ではこれを明確に批判している。ショーレムのこの「永遠の反ユダヤ主義」は、ファシズムによるユダヤ人の迫害が、この反ユダヤ主義によ るものであることを主張するものであり、すでに対話の余地が消滅しているのである。

 最後の章「ポスト・シオニズムと歴史家論争」は、イルシュルミの『フロイトのモーセ』、それをめぐるサイードの批判『フロイトと非ヨーロッパ人』、デリダの批判などを紹介していて啓発的である。


【書誌情報】
■ブーバーとショーレム—ユダヤの思想とその運命
■上山 安敏【著】
■岩波書店
■2009/11/26
■384,45p / 19cm / B6
■ISBN 9784000246521
■定価 4200円


→bookwebで購入

2010年9月20日月曜日

asahi shohyo 書評

増える教授、必要な資質問う 「大学教授の資格」

2010年9月20日

写真:「大学教授の資格」「大学教授の資格」

 大学教授はだれでもなれるあこがれの職業だろうか。大学数とともに増えてきたいまの大学教授に、最低限必要な条件と資質は何かを考えた「大学教授の資格」(NTT出版)を、千葉大の松野弘教授が書いた。

 松野教授は環境問題から高等教育まで広く研究している。

 大学進学率が5割を超えたのに対応して、教員数も膨らみ、大学教員の質が問われる時代。著書では、大学教員数の増加の実態を押さえたうえで、教授の実質的・形式的資格とは何かという問題を掘り下げている。

 特に日本で目立つ社会人教授の積極的な採用について、規制緩和の一環ともいえる1985年の大学設置基準の改正と、91年の同 基準の大綱化が契機になったと指摘。安藤忠雄・東大名誉教授、宮脇淳・北大教授、小熊英二・慶応大教授、原武史・明治学院大教授らをあげて、経歴や実績な どをもとにどんな特徴があるのか分析を試みた。

 国家公務員の経歴がある社会人教授は政策研究面で、民間企業経験者は専門領域の実務を深く知る人として貢献していると説明する。

 今後のグローバル人材としての教授の質の概念を「ネオ・アカデミズム」という言葉で提起し、社会人教授が該当するための適格要 件として、10年以上の社会経験、学位の取得、国際的な学会への所属、論文などの実績などを挙げた。松野教授は「大学教員の質を上げたいと思ったのが動機 です。社会人教授は研究業績があってはじめて新たなアカデミズムの担い手になる」と話している。

2010年9月17日金曜日

kinokuniya shohyo 書評

2010年09月17日

『火の見櫓—地域を見つめる安全遺産』火の見櫓からまちづくりを考える会(鹿島出版会 )

火の見櫓—地域を見つめる安全遺産 →bookwebで購入

一基にひとつの「火の見櫓物語」のスタートに

敦ちゃんちと俊ちゃんちの間に火の見櫓はあった。昭和40年代、山形県の内陸部の小さな集落を通る道と用水路が交わる地点で、近くには消防団のポンプ車庫 がある。半鐘の音を聞くのは春と秋の火災予防週間で、朝夕定時に、カーン、カンカンカーンというリズムが繰り返された。子どもにとって火の見櫓は、その役 割よりそれが立つ場所が重要で、「遊んではいけません」の鎖をくぐって湿っぽいコンクリートの土台に座り込んだり、鉄骨にのぼったり用水路を飛び越えたり して遊んだものだ。

櫓に見晴し台はなく、左手で梯子につかまったまま右手で半鐘を鳴らすタイプのものだった。火の見櫓なんてどこでもだいたいそんなものだろうと思っていた ら、とんでもない。本書に収録されているのはおもに静岡県内のものだが、細部にわたってあまりにも多彩で驚いてしまう。まとめたのは「火の見櫓からまちづ くりを考える会」(以降「考える会」)で、生まれ育った家で火の見櫓を見ていたがいつのころからか妙に気になり出した塩見寛さんが有志を募って立ち上げた 団体である。調査のほか、2003年2月には大井川中流で「火の見櫓サミット」を開催している。

     ※

まずもって「考える会」の調査報告が美しい。静岡県内の火の見櫓を2000年から2003年まで悉皆調査し、構造をとらえつつ周囲の環境をおさえた写真や 形状の特徴をとらえたスケッチ、櫓からの視野や音の伝わりをあらわした地図などの資料、そして、鉄造か木造かコンクリート柱か、櫓型か櫓梯子型か梯子型 か、屋根のあるものはそのかたちが□か△か○か10角か8角か6角か、その稜線は直線か反りかアーチかオージーアーチか、果てはねじの素材や止め方にいた るまで、あまりにきめ細やかな分類がなされていていかにも楽しい。火の見櫓が、まちづくりを考えるシンボルになりうる確信があってこその、綿密な分析だろ う。

その成果を持って、サウンドスケープ研究の鳥越けい子、構造デザインの今川憲英、環境防災の重川希志依、都市計画の西村幸夫各氏専門家を迎え、りりしい立 ち姿/半鐘の聞こえる集落/手仕事のエンヂニアリング/火の用心の教え/小さな安全遺産、と分けた各章が、ひとつの火の見櫓を作り上げるかのように端整に 並ぶ。読み終えた私たちが立つのはそのてっぺんで、見晴らしに嘆息しながら目の前にある半鐘を打ち鳴らし、どこか遠くに火の見櫓を探しに出かけてみたくな る。

     ※

火の見櫓は、明暦の大火(1657)の翌年設けられた、旗本による定火消が火消屋敷に建てたのがはじまりだそうである。1718年には町火消が組織され、 これが明治の消防組に引き継がれていく。公設消防組に火の見櫓の設置は必須、当然公費でまかなわれるべきところ、実際は寄付金などで建てられることが多 かったそうだ。しかも、標準的なモデルこそあれ製造はそれぞれ地元の鉄工所に任せられたために、構造や装飾が多様多彩になったという。造った櫓をたてて安 全に固定するのも、高い櫓にのぼり半鐘を鳴らすのも、戦時中の金属供出を乗り切るのも戦後建て替えるのも、なにもかもが地域単位で行われてきた。地域の威 信や職人の技をかけて、住民はシンボルとして櫓を大切に守ってきたのだろう。

日本ではかつてほとんどどこの家からも、火の見櫓が見え、半鐘の音が聞こえたはずである。櫓はそこにひとがのぼってはじめて安全のシンボルとしての機能を 果たし、その足元には自主的な防災のしくみと意識があった。半鐘の音を同時に聞くことができる範囲で、しかもそれを見渡すことのできる一点があるというの は、起きて半畳寝て一畳やコルビジュエのモデュロールではないけれど、小さな社会単位をからだで感じさせてくれる。今や緊急を知らせる最速手段は携帯電話 となって、その基地局は安全のシンボルのひとつに違いないが、成り立ちはあまりに異なる。

     ※

果たして全国に、どれくらいの火の見櫓が残っているのだろう。案じる前にまずは出かけてみることだ。「考える会」が言っている。
風景に溶け込んでいる火の見櫓が、その気になると見えてくる。そして、火の見櫓が見えてくると、集落が見えて、人々が見えてくるだろう。

生家近くにあった櫓を、今度確認してこようと思う。半鐘を鳴らす位置からの眺めを、今はじめて想像してみる。西村幸夫さんが言っている。
自分たちの身近にこんなにおもしろいものがあるとすると、それだけでも少しは元気が出るというものである。物語そのものが人にエネルギーをもたらす。火の見櫓の物語そのものからまちづくりを考えることが可能なのである。

ひとつとして同じ火の見櫓はなく、一基ずつに別の物語があることを本書は示す。本書を手本に、あの火の見櫓の記録をとってみるつもりだ。なにしろそれが物語のスタートだからだ。

→bookwebで購入

2010年9月14日火曜日

kinokuniya shohyo 書評

2010年09月14日

『史学概論』遅塚忠躬(東京大学出版会)

史学概論 →bookwebで購入

 歴史学とはやっかいな学問である。いくら説明しても、なかなかわかってもらえない。それは、だれもがよく知っている歴史の延長線上に、学問としての歴史 学があると勝手に思って、わかろうという気もないからである。世間一般の人びとが認識している歴史と、学問としての歴史学は、似て非なるものであることに 気づく者は、それほど多くない。そして、それをわかりやすく説明できる歴史研究者は、数少ない。そんな数少ないなかのひとりが、著者の遅塚忠躬である。

 冒頭の「はしがき」で、著者はつぎのように書き出している。「歴史学に従事している人びとは、その従事する学問の性質について、大筋では共通の見解を もっているかといえば、けっしてそうではない。そこには、雲泥の差が見られ、ときには正反対の見解が対立している。したがって、私には、「公平な」史学概 論を書くことはできない」。だから、著者は、「はしがき」で「読者に対する私の学問的な自己紹介」をするという。

 歴史学は、扱う時代、地域、社会、テーマなどによって、「基本的な考え方(立場)」が違う。著者の専門は、膨大な史料があり、研究蓄積が豊富な「フラン ス革命」であることを、まず念頭においてから本書を読む必要がある。そして、本書を紹介するわたしは、文献史料に乏しく、研究蓄積がほとんどない海域東南 アジア史を専門にしている。まったく「基本的な考え方(立場)」が違うはずだが、本書に書かれている多くのことに共鳴することができた。それは、学問とし ての歴史学の基本的性質を共有しているからではないだろうか。また、いまは違いを強調する時代でもないだろう。

 講義に基づいて書かれた本書は、繰り返しが多い。それは、重要なことは、毎時間それを確認して講義をすすめるからである。その繰り返しでもっとも多いの が、「歴史学は何の役に立つのか」、という問いかけである。そして、それが「歴史学に関する最初にして最後の問題」であり、「社会的な意味における自己認 識」を深めるためであることを、伊藤貞夫氏のことばを借りて述べている。つまり、最初に「何の役に立つのか」を考えない歴史研究は、目標とするゴールのな い自己満足だけのための研究になるということだ。著者は、その最重要課題を、最終章「第4章 歴史認識の基本的性格」の最終節「第6節 歴史学の社会的責 任」で詳しく説明して、本書を終えている。

 歴史学が学問として理解されない理由のひとつは、文学との混同や曖昧さなどから、歴史学が科学と認識されないことにある。それにたいして著者は、「歴史 学の出発点は過去ではなく現在である」ことを強調して答えようとしている。それは、尚古趣味としての歴史を学問としての歴史学と切り離すためであり、両者 を分かつものとして「考証(ある歴史的事象が事実であるかどうかを吟味する仕事)」を加え、三者を比較・検討することによって、その違いを明らかにしてい る。三者の関係を図式化すると、大中小3つの輪があり、中心は歴史学、外側が尚古趣味で、そのあいだが考証となる。三者の相違は、つぎのように表された: 「尚古趣味の場合: 価値観→過去の世界(事実性にこだわらない)」「考証の場合: 価値観→過去の事実へのこだわり→その事実の確定」「歴史学の場合:  価値観→問題関心・問題設定→確定された過去の事実を基礎とする諸事実の関連の想定・歴史像の構築」。

 そして、「第3章 歴史学の境界」「第1節 歴史学とその周辺」の結論として、歴史学の営みをつぎのように定義した。「歴史学は、個人的な価値観に基づ く多様な目的をもって過去に問いかけ、その問いかけの仕方(問題設定)に適した過去の諸事実を取り扱うが、その際、さまざまな事実を確定するだけではな く、何らかの理論的枠組みに準拠してそれら諸事実間の関連を想定し、諸事実を論理的に組み立てて、その結果を仮説(ないし歴史像)として提示する営みであ る」。

 著者は、「歴史学は何の役に立つのか」という疑問にたいして第1章「歴史学の目的」と第3章「歴史学の境界」で答え、もうひとつの大きな疑問である「歴 史家の言っていることはどのくらい確かなのか」にたいして第2章と第4章で答えている。その答えを理解するためには、つぎの5つの作業工程を経て歴史像が 構築されていることを確認する必要がある。「�問題関心を抱いて過去に問いかけ、問題を設定する」「�その問題設定に適した事実を発見するために、雑多な 史料群のなかからその問題に関係する諸種の史料を選び出す」「�諸種の史料の記述の検討(史料批判・照合・解釈)によって、史料の背後にある事実を認識 (確認・復元・推測)する。(この工程は考証ないし実証と呼ばれる)」「�考証によって認識された諸事実を素材として、さまざまな事実の間の関連(因果関 係なり相互連関なり)を想定し、諸事実の意味(歴史的意義)を解釈する」「�その想定と解釈の結果として、最初の問題設定についての仮説(命題)を提示 し、その仮説に基づいて歴史像を構築したり修正したりする」。

 まず、著者は「第2章 歴史学の対象とその認識」で、「歴史的世界を構成しているさまざまな事実を認識する作業(事実の確認や復元)」を検討し、「歴史 をよくできたお話なのだ」という物語り論をしりぞけた後、第4章で「認識された個々の事実を素材として、それら諸事実の間の諸関連を想定し、事実関係を解 釈して、みずからの歴史像構築のための命題を提示する作業」を検討している。別のことばで言えば、前者の事実認識に関する見解を前提にして、後者の歴史認 識の基本的性格を第4章で検討している、ということになる。

 これら2つの大きな疑問への答えは、第4章第6節へと収斂していく。この節は、「終章」あるいは「結語」ともいうべきものである。その冒頭で、著者はつ ぎのように述べている。「歴史学の目的と効用が、したがってまた歴史家の職分が、みずから思索を重ねることを通じて読者を思索に誘うことにある、と述べ た。そのことについて、私は聊かの疑念も持っていない。しかしながら、そのことは、必ずしも、歴史家は、研究室で思索を凝らしてその結果を教室でまた著作 で学生や読者に伝えるだけでよい、ということにはならない。歴史学の研究という営みは、その他の研究活動と同じく、われわれの文化的な営為の一環であっ て、経済学や法学が政策提言を目指すのとは異なっていようとも、その営為の遂行について社会的な責任を負うべきであろう」。

 最後の短い「むすび」の最後で、著者は「歴史学に限らず、おそらくは科学一般が、いま、パラダイムの転換を迫られているのではなかろうか」と述べ、「歴 史学の新たな飛翔を若き世代に期待しつつ、本書をここで閉じることにしよう」と結んでいる。本書によって、確認させられたことの多くは、西欧を中心に発展 した近代歴史学の成果である。それはそれで、歴史学の基本を学ぶために重要である。しかし、近代歴史学が扱った地域や社会、人びとがひじょうに限られてい たことを考えると、グローバル化がすすみ複雑化する社会を念頭におかなければならないこれからの歴史学を考えるとき、フランス革命を専門とした歴史研究者 が語る「史学概論」には限界がある。どこの大学でも「史学概論」を講義するのは、西洋近現代史を専門とする年配の研究者がふさわしい、と考えていること自 体が、今日の歴史学の問題と言わなければならないだろう。本来、世界史学を専門とする者がふさわしいのだろうが、時代、地域、社会やテーマなどのよって、 史料、研究者数、研究蓄積の多寡に大きなばらつきがある現在の状況では、とても世界史学にもとづいた「公平な」史学概論など講義できるわけがない。まずは 本書を土台に、個々の歴史研究者が、現実の社会と向き合いながら、「社会的責任」を意識し、営為を遂行していくしかないだろう。

 そして、最後に確認しておきたいのは、本書の帯の裏に書かれている著者の意図がわからない者は、尚古趣味の歴史とはまったく時限の違う学問としての歴史 学があることを少なくとも知ってほしい。「歴史学は、すでにできあがった知の体系ではなく、躍動し変貌し続ける生き物である。それは、新たな領域を開拓 し、従来とは違った観点から対象を見なおし、また、新たな方法を編み出したり隣接諸科学から借用したりしながら、日々その相貌を変えつつある。しかし、そ れが一つの学問であり続けるからには、そこには変わらざる基本的骨格があるだろう。私は、この書物で、歴史学の骨格をなす基本的性質を検討しようとしてい る」。

 生き物である歴史学とつきあうには、日々躍動し変貌しつづける社会から目が離せない。歴史学とはまことにやっかいな学問であり、それだけに魅力があり、社会的責任をともなう。

→bookwebで購入

asahi shohyo 書評

「国民歌」を唱和した時代—昭和の大衆歌謡 [著]戸ノ下達也

[掲載]2010年9月12日

  • [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

■戦意高揚歌からみる戦時下の姿

 国民歌とは何か。著者は「国家目的に即応し国民教化動員や国策宣伝のために制定された国もしくは国に準じた機関による『上から』の公的流行歌」と解く。国民歌謡、軍歌、戦時歌謡、必勝歌など多様な言い方をされるが、要は国家総力戦の「音」「歌」を指すわけである。

 本書はとくに昭和の戦争に伴う国民歌をそれぞれの時代背景と情報局・文部省により設立された日本音楽文化協会や新聞社、出版社 などがどのようにして戦意高揚歌を国民に歌わしめたのかを説明していく。たとえば1937年につくられた「愛国行進曲」歌詞の公募状況、審査員の氏名、販 売時の人気ぶりなど「挙国一致」が解説される。日中戦争、太平洋戦争の戦況悪化で、国民歌はどう変化したかも具体的に裸にする。

 ただ史実の記述に乱暴な表現があり、説明が皮相的すぎる面もある。事典風に整理したためか、詳細な解説が欲しい視点もある。と はいえ著者も指摘するように「国民歌を唱和した時代」を歴史化する作業は今始まったばかりとの結論はうなずける。本書がその先陣にとの意気込みに密(ひ そ)かに拍手を送りたい。

asahi shohyo 書評

古書の森 逍遙—明治・大正・昭和の愛しき雑書たち [著]黒岩比佐子

[掲載]2010年9月12日

  • [評者]穂村弘(歌人)

■昔の本から新しい「今」を切り開く

 色々な雑誌の最新号を読む度に面白く思う半面、微妙に不安な気持ちになる。それによって、自分が「今」から遅れている事実を確認させられるからだ。しかも、そんな風に外から一方的に教えられている限り、最新号を読み続けても、永遠に「今」には追いつけないことになる。

 本書は著者が古書展に通い詰めて、主に明治や大正期の雑誌や実用書を買いまくった記録である。数百円で買ったものが多いとのことだが、興味深い記事が数多く紹介されている。

 明治期に無銭絶食旅行が流行(はや)っていたとか、関東大震災後に上野公園の西郷さんの像には行方不明者を求めるビラが無数に貼(は)られたとか、新聞各社では一九六〇年代まで伝書鳩(でんしょばと)を使って写真を運んでいたとか。

 また『家庭辞書』の「接吻(せっぷん)」の心得についての頁(ページ)が、前の所有者の手で折られていたというのも古書ならではの逸話だ。

 前述のように、雑誌の最新号をみると自分の遅れを意識するし、ちょっと古い号をみると逆にこちらの方が進んでいるように感じる。では、明治や大正の記事をみると、圧倒的に自分が進んでいるように思うかというと、必ずしもそうはならないところが不思議だ。

 例えば「近頃欧羅巴(ヨーロッパ)では、手の爪(つめ)に写真を撮影(うつ)すことが発明され、それが米国までも伝はつて昨今非常に流行して居るそうです」って、一体どういう技術なんだろう。昔というよりも未来の出来事のようだ。

 この他にも新旧の単純な比較を絶する記事が多くみられる。もしかすると、私が感じていた「今」とは、現在を中心にせいぜい前後数年単位の幻のようなものだったのかもしれない。

 著者は大昔の雑誌を買いまくり読みまくることを通じて、独自の関心領域(伝書鳩、村井弦斎、お嬢さまなど)を見出(みいだ)している。さらに、それらをテーマにした本を書くことで、世界に新しい「今」を切り開いているのだ。

 読者である私はそのプロセスを味わうことで、本当の「今」とは外からの情報として到来するのではなく、自分自身の裡(うち)に生まれることを教えられた。

    ◇

 くろいわ・ひさこ 58年生まれ。ノンフィクション作家。『「食道楽」の人 村井弦斎』など。