2013年1月31日木曜日

asahi shohyo 書評

「地域再生」の現場紹介 金沢大・香坂准教授が新刊

[文]樋口大二  [掲載]2013年01月29日

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金沢大准教授の香坂玲さん

表紙画像 著者:香坂玲  出版社:岩波書店 価格:¥ 672

 金沢大准教授の香坂玲(りょう)さん(37)が「地域再生——逆境から生まれる新たな試み」(岩波ブックレット、672円)を刊行した。熊本県水 俣市や北海道夕張市、三重県四日市市、宮城県気仙沼市など全国の9自治体に取材し、新しい町づくりを模索する各地の動きを紹介している。
 自治体をウオッチするようになった原点は「水俣を訪れた体験」という。大学生のとき、水俣市を初めて訪ねた。知識として知っていた水俣病の歴史と、実際に目にした海の穏やかさや自然の豊かさに、強烈なギャップを感じた。
 現地ではいま、公害の歴史を前面に出さずに観光誘致に力を入れるべきだという意見もある。「しかし現実をなかったことにはできない。やはり過去の歴史を踏まえてそれを打ち出さなければ、再生は難しい」と香坂さんはいう。
  水俣では、地元のNPOなどが、水俣病の「語り部」の話を聞いて農林漁業を体験するツアーを企画し、観光客を呼び込もうとしている。「訪れる側にとって も、自分の歴史を振り返り内省につながるような場所になりうる。水俣は、震災や原発事故の影響を受けた地域の再生にもヒントを与えてくれる」と指摘する。
 夕張や四日市も、「負の歴史」を背負ったところから再生が出発した。もちろんそんな逆境のドラマをもった地域ばかりではない。
 本書では、里山里海の自然と文化を生かす能登町や、近郊農業と加工業、観光をリンクさせ第1次産業から第3次産業までの数字をかけ合わせた「6次産業」に活路を見いだした埼玉県神川町の取り組みも取り上げている。
 「現場を歩いた研究者として、固定されたイメージとは違う現実を伝えていきたい」。国連生物多様性条約に事務局スタッフとしてかかわり、昨年4月から金沢大に赴任した。専門は森林経済学で、木材資源の活用や都市と農村の共存が目下の関心事だ。

この記事に関する関連書籍

地域再生 逆境から生まれる新たな試み

著者:香坂玲/ 出版社:岩波書店/ 価格:¥672/ 発売時期: 2012年10月

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今日から使える大人の男のオシャレ塾 [編]主婦の友社

[文]永江朗  [掲載]2013年02月01日

表紙画像 著者:Hankyu Men's  出版社:主婦の友社 価格:¥ 1,575

■ファッションの基本につまずく

 大阪・梅田のデパート戦争は阪急の圧勝だそうだ。鳴り物入りで参入した三越伊勢丹はパッとしない。
 阪急圧勝の立役者のひとつが、男性向けファッションに特化したメンズ館だ。メンズ館は東京・有楽町にもあるけれども、梅田店のにぎわいぶりは凄まじい。
  阪急メンズ館にはスタイルメイキングクラブという会員制のサービスがある。専属スタイリストがアドバイスやコーディネートをしてくれる。なんならワード ローブを見て、手持ちの服の仕分けだって、というサービスである。入会金は3、000円だ。そのメンズ館が監修したファッション指南書が『今日から使える 大人の男のオシャレ塾』である。ぼくは今年55歳になるのだが、毎日、何を着るかで悩む。若者と同じかっこうはできないけれど、かといっていかにもシニア 向けというのも躊躇する。
 というわけで、大いに期待して本書を手にした。「男性ファッションの『そもそもどうしたらいいのか?』がわかる」と書いてあるし。で、どうだったか?
 …… ますますわからなくなりました。まずいきなり最初のほうに「色の基本を知り、コーディネートに生かそう」とあって、色相環やらトーン表やらが載っているの だ。色合わせと色の濃淡がコーディネートの生命線なのだそうだが、彩度だの明度だのめんどうくさそう。似たような色で組み合わせろということらしいのだ が。
 パート1は「定番アイテムをそろえて、まずはコーディネートの基本をマスターする」というのだが、定番アイテムが12もある。そろえるお金と時間と労力を考えると気が遠くなりそうだ。パート3の「オシャレ度アップの活躍アイテム」は、はるかかなた。
 うーん、まてよ。この本2冊分のお金でスタイルメイキングクラブに入れるではないか。ここに書いてあるようなことは教えてくれるはずだ。本を読むより入会しよう、と思わせるのがこの本の目的なのか?

この記事に関する関連書籍

今日から使える 大人の男のオシャレ塾

著者:Hankyu Men's/ 出版社:主婦の友社/ 価格:¥1,575/ 発売時期: 2012年12月

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はじめての装飾古墳 多彩な絵柄、想像膨らむ「黄泉」

[掲載]2013年01月28日

はじめての装飾古墳<グラフィック・若泉祥子> 拡大画像を見る
はじめての装飾古墳<グラフィック・若泉祥子>

マンガ家・諸星大二郎さん 拡大画像を見る
マンガ家・諸星大二郎さん

表紙画像 著者:柳沢一男  出版社:新泉社 価格:¥ 1,575

 「装飾古墳」とは、墓室の壁や石棺を線刻や彩色で装飾した古墳だ。その数は全国各地に約700基。そこには、驚きとなぞに満ちた「黄泉(よみ)の世界」が広がっている。 赤い舌を出す竜や、船に乗る人物、石室を彩る無数の三角文様……。装飾古墳の絵柄は多彩だ。
  中でも福岡県の遠賀(おんが)川流域にある王塚古墳(前方後円墳、6世紀中ごろ)の豪華絢爛(けんらん)さは、装飾古墳の白眉(はくび)といわれる。石室 の奥に2人の遺体を納められる「石屋形(いしやかた)」があり、壁面には赤、黄、緑、黒、白の5色で三角の連続や同心円などの文様、大刀などの武器や武 具、騎馬人物像がびっしりと描かれている。
 古墳時代(3世紀中ごろ〜7世紀)の日本列島で造られた古墳や墳丘のない横穴墓(よこあなぼ)は約 30万基。このうち装飾古墳(横穴墓も含む)は670基ほどだ。熊本195、福岡71、宮崎60、佐賀30、など全体の半数を超える計386基が九州に集 中。次に鳥取52、神奈川46、千葉33、大阪30、と続く(熊本県立装飾古墳館調べ)。
    *
 死者が眠る石室の装飾には、どんな 意味があるのか。始まりは、装飾古墳が多い九州ではなかった。4世紀末、大阪や福井の古墳で、石棺のふたなどに直線と弧線を複雑に組み合わせた「直弧文 (ちょっこもん)」、太陽や鏡を表す円形などが刻まれた。何かを帯で厳重に封じ込める呪術的な意味などの見方がある。
 熊本県山鹿(やまが)市のチブサン古墳(6世紀前半)には、冠をかぶり両手を広げた人物が、赤・白・青の菱形(ひしがた)文や白い円とともに描かれている。悪霊から被葬者を守ろうとしているようにも見える。
  6世紀には中国の神仙思想などの影響を感じさせる装飾が登場する。福岡県の竹原古墳には死者を天界へ導く馬や、四方の守り神「四神」の朱雀、玄武、青竜ら しい絵がある。大阪府の高井田横穴群(6〜7世紀)に刻まれた船(ゴンドラ)に乗る人物は、死後の国へ旅立つのか。奈良県の高松塚・キトラ両古墳(7世紀 末〜8世紀初め)は、四神や星座などの極彩色壁画に飾られる。
 ただ、東日本では様相が違うようだ。茨城県の虎塚古墳(7世紀)には独特の円文、 福島県の清戸迫(きよとさく)横穴には渦巻文(うずまきもん)や人物画が描かれるが、白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館長は「九州と異なる東日本独特の 文様であり、意味を読み取るのは難しい」と語る。
    *
 装飾古墳は今、受難の時を迎えている。カビ対策の不手際で壁画が劣化した高 松塚古墳に続き、岡山市の千足(せんぞく)古墳(5世紀)でも石室の直弧文を刻んだ石の劣化が判明し、解体修理中だ。清戸迫横穴は東日本大震災で事故を起 こした東京電力福島第一原発の警戒区域内。管理できず、伸びた木の根による損傷や塩害が心配される。
 一方、虎塚古墳は、発見から40年を経てもカビ被害などのない「成功例」として知られる。「装飾古墳は日本の絵画史の巻頭を飾る第一級の資料です」と白石館長。我々も関心を持って見守りたい。
 (大脇和明)

 ◆読む
 装飾古墳の概要を知るなら柳沢一男『描かれた黄泉の世界 王塚古墳』(新泉社)が分かりやすい。辰巳和弘『他界へ翔(かけ)る船—「黄泉の国」の考古学』(同)は古代人の他界観に深く踏み込む一冊だ。
 ◇奇抜で激しい発想、魅力的 マンガ家・諸星大二郎さん
 装飾古墳を初めて作品で扱ったのは、1974年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載を始めた「妖怪ハンター」シリーズです。考古学者が九州の小さな村の「比留子(ひるこ)古墳」を訪ねる。そこにチブサン古墳の両手を広げた人に似た絵があるという設定。
 実は、僕は九州の装飾古墳を訪ねたこともないし、石室をのぞいたこともない。装飾古墳の写真集を見て、そのすごさに驚いて作品に取り込んだ。王塚古墳もそうですが、縄文土器や土偶の奇抜さや激しさなど、現代の我々とは違う発想に強くひかれます。
 装飾古墳だけでなく、邪馬台国や卑弥呼、九州の石人・石馬などもないまぜにしてストーリーを仕立てた。次の作品「暗黒神話」(76年)でも竹原古墳や日岡(ひのおか)古墳、珍敷塚(めずらしづか)古墳などを描いたけど、適当な部分も多いんですよ。
  「異界」のもの。それが装飾古墳のイメージです。連想するのは「古事記」。イザナギ、イザナミが初めに産んだ「ヒルコ」が葦(あし)の舟で流される。黄泉 の国を訪ねたイザナギが、腐ったイザナミの姿を見る。そんな場面がとても怖くてリアルで、装飾古墳の「異界」と重なるんです。

この記事に関する関連書籍

描かれた黄泉の世界・王塚古墳

著者:柳沢一男/ 出版社:新泉社/ 価格:¥1,575/ 発売時期: 2004年11月

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他界へ翔る船

著者:辰巳和弘/ 出版社:野草社/ 価格:¥3,675/ 発売時期: 2011年03月

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妖怪ハンター 1

著者:諸星大二郎/ 出版社:集英社/ 価格:¥500/ 発売時期: 2007年09月

☆☆☆☆☆ マイ本棚登録(0 レビュー(0 書評・記事 (1


暗黒神話

著者:諸星大二郎/ 出版社:集英社/ 価格:¥630/ 発売時期: 1996年

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古事記

著者:倉野憲司/ 出版社:岩波書店/ 価格:¥987/ 発売時期: 1963年01月

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asahi shohyo 書評

武智鉄二、多彩な顔の奥 よみがえる昭和の文化怪人

[掲載]2013年01月28日

シェーンベルク作「月に憑(つ)かれたピエロ」(1955年)を演出する武智鉄二=武蔵野美術大学美術館・図書館提供 拡大画像を見る
シェーンベルク作「月に憑(つ)かれたピエロ」(1955年)を演出する武智鉄二=武蔵野美術大学美術館・図書館提供

表紙画像 著者:岡本章、四方田犬彦  出版社:作品社 価格:¥ 2,940

 ある時は古典に厳密な歌舞伎演出家、またある時はわいせつも辞さぬ前衛的映画監督、と思えば評論家、美術収集家、競馬予想家、役者……。いくつ顔 を持つのかも定かでない男、武智(たけち)鉄二。このところその名をしばしば目にする。やけに気になる。昭和の文化怪人がよみがえろうとしている。
 昭和の終わり、1988年に没した武智は12年生まれ。昨年が生誕100年に当たる。これに合わせ、数年前から評伝や多彩な業績を振り返る書物も相次いで出た。
  父の残した資産を費やし、戦争のまっただ中で続けた古典芸能の鑑賞の集い「断絃会(だんげんかい)」。野性的な知性と鋭敏な芸術感覚がうかがえる評論の 数々。戦後の混乱期に現世坂田藤十郎ら関西の若手を鍛え上げて評判をとった「武智歌舞伎」。多くの人が認める武智の大きな足跡だ。
 とはいえ、記念の年が過ぎれば、すーっと波は引いてしまうのが常だ。
 ところが、武智は違う。

■伝統・文化の古層を探求

 神奈川県立近代美術館鎌倉で12日に始まった「現代への扉 実験工房展 戦後芸術を切り拓(ひら)く」(3月24日まで)では、1950年代「工房」に集った気鋭の芸術家たちと古典芸能の俊才とを舞台作品で束ねる、要としての武智にスポットが当たっている。
 展覧会を企画した同館の学芸員西澤晴美さん(30)は「優れた表現を求め、ジャンルを軽々と横断していく当時の時代精神の象徴的存在が、武智さん」という。
 晩年の武智の歌舞伎演出を手伝った直木賞作家松井今朝子さん(59)は、NHK出版のウェブマガジンで武智と自身の来し方を振り返る「師父の遺言」を連載中だ。書籍化も予定されている。
 身近に接した松井さんによれば「芸に向き合うと真面目で謙虚。自分の過去の業績には関心がない人でした」。
  「上方芸能」誌で「武智鉄二資料集成」の連載を続けている演劇評論家権藤芳一さん(82)は裸体が長々と映る監督映画など60年代以降の武智を評価しな い。「けれど、若い人は異なる見方をする。退屈なほどの長回しは一つの時間を生きる農耕民族の伝統的手法だと言うんですな」
 例えば、『武智鉄二 伝統と前衛』(2012年、作品社)の編者四方田犬彦さんは同書の中で、くどい映像は能や歌舞伎にも通じるもの、彼の「美学」と断じている。
 確かに武智は若い頃から芸術がよって立つ基盤、伝統や文化の古層を探究してきた。バルトークやコダーイの現代音楽に熱中したのも民族音楽としてだった。

■根源から発する前衛生

  その構造を見極めるためにマルクスやフロイトを読み、古典を詳細に分析し、芸の核となる原初の身ぶり、息の詰め方に注意を傾けてきた。演劇評論家渡辺保さ んは『私の歌舞伎遍歴』(12年刊、演劇出版社)の中で、武智の崇敬した名人はジャンルが異なっても同じ根源で芸をとらえていると、言い切っている。
 武智作品について回る著しい攻撃性や前衛性は、至高の芸を貫く根源への確信から発している。急進主義と根源主義は同義なのだ。
  武智にとって、近代化は、身ぶりを軍隊のように統制し、伝統を断絶させる呪詛(じゅそ)すべきものだった。映画の「だらだら続くポルノ的身ぶり」は、かろ うじて残った古層のかけら。この妖異なまでの文化至上主義者にかかっては、徳川末期の歌舞伎さえ「人民の民度が低下」した果ての「消費生活の身ぶり」 (「伝統演劇とその周辺」)。その場のウケ、売り上げ増を重視して、根源を見失う所作に満ちたものなのだ。
 文楽が窮地に追いやられ、深夜の踊りは禁じられていくいまだからこそ、聞いてみたくなる。私たちの身ぶりは、どんなふうに見えますか、武智さん、と。(編集委員・鈴木繁)

この記事に関する関連書籍

武智鉄二 伝統と前衛

著者:岡本章、四方田犬彦/ 出版社:作品社/ 価格:¥2,940/ 発売時期: 2011年12月

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私の歌舞伎遍歴 ある劇評家の告白

著者:渡辺保/ 出版社:演劇出版社/ 価格:¥2,205/ 発売時期: 2012年09月

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