2013年4月26日金曜日

asahi shohyo 書評

海女(あま)のいる風景 昭和の美しい海の女たち [著]大崎映晋

[文]朝日新聞社広告局  [掲載]2013年04月17日

表紙画像 著者:大崎映晋  出版社:自由国民社 価格:¥ 1,890

■伝説の水中カメラマンによる失われゆく海女文化の風景

 水深50メートル、濃紺の海底に向 かって一気に潜水する海女たちの姿態は限りなく美しい。無駄のない鍛え上げた肉体が独特の美を伝える。著者は現在92歳。これまで日本全国に点在する 200カ所もの海女村を訪れ、映像化してきた。本書が収録するのは、今では見ることのできない裸で潜る海女たちを中心とした貴重な写真と文、海女をめぐる 椎名誠氏との対談などだ。
 現代は海洋汚染が進み、海女たちが潜る環境自体が大きく変化してしまった。それだけに本書が伝えるのは、昭和に生きた 海の女たちの姿にとどまらない。かつての漁村の暮らしぶりや、そのなかで輝きを放っていた海女文化なのである。水中写真家の草分けといえる著者は、自ら撮 影した海女について「この世のものとも思えない人魚のような美しさ」「かけがえのない貴重な何か」と形容する。本書の「海士村探訪記」「パール・バックと 語り合った海女文化」「海女・むかし物語」は、舳倉島(石川県)、伊豆、房州、対馬(長崎県)など、全国の海女村に30年間通い続けた著者でなければ描く ことができない貴重なフィールドワークであろう。

この記事に関する関連書籍

海女のいる風景

著者:大崎映晋/ 出版社:自由国民社/ 価格:¥1,890/ 発売時期: 2013年04月

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asahi shohyo 書評

ウイルスや古代生物、ペーパークラフトの世界

[掲載]2013年04月18日

出版したペーパークラフト本を持つ土屋さん。左手前がバクテリオファージ。手前のDNA配列は新作だ=新潟市西区 拡大画像を見る
出版したペーパークラフト本を持つ土屋さん。左手前がバクテリオファージ。手前のDNA配列は新作だ=新潟市西区

表紙画像 著者:土屋英夫  出版社:飛鳥新社 価格:¥ 2,310

 生物の授業に関心を持ってもらおうと、ペーパークラフトを採り入れている県立新潟翠江高校の教諭土屋英夫さん(35)が、ウイルスや古代の生物な ど10種のペーパークラフトの作り方を載せた本を昨秋、出版した。土屋さんは「生徒たちが身の回りの理科や生物に少しでも興味を持つきっかけになればうれ しい」と話している。
 土屋さんがペーパークラフトを作り始めたのは、私立高校で常勤講師をしていた2003年ごろ。科学のわかりやすさを発信する「飛び出す絵本」を見て、同じような仕掛けを自分でも作ってみたいと考えた。
 初めて作ったのは、細菌に感染するウイルス「バクテリオファージ」のペーパークラフト。一般のペーパークラフトの本などを参考にしながら、はさみで切り開いて作った。
 授業で配って作らせてみると、20分もせずにできあがった。生徒たちは「先生が作ったの?」。興味を持ってもらえたようだった。「こんなことをやっている人なんだ、という自己紹介にもなる」と考え、徐々に、レパートリーを増やしていった。
 06年ごろ、ペーパークラフトの展開図や、拾った植物や虫の標本を整理するためにホームページを開設。それを見た出版社から11年春、「本を出しませんか」と持ちかけられた。面白いと思ってもらえるのか不安だったが、「生徒と話せるネタが増える」と思って引き受けた。
  古代の生き物が好きだという編集者から持ちかけられ、5億年前の古生物「アノマロカリス」や「三葉虫」のペーパークラフトも作った。買ってくれた人ががっ かりしないように、「フックの顕微鏡」のペーパークラフトは、縮尺を計算し、顕微鏡をはめるねじまで再現した展開図を作った。「作り始めたら細部までこだ わってしまった」。昨年9月、飛鳥新社から「精密立体 ペーパーバイオロジー」(税抜き2200円)として出版した。
 ペーパークラフトのほか、動物の骨格標本も作っている。「色んなことに興味を持つ生徒がいる。それぞれに応えられるよう、引き出しは色々あった方がいいと思うんです」。生徒から質問が飛び、双方向の授業ができるよう工夫を重ねていきたいと考えている。(水野梓)

この記事に関する関連書籍

精密立体 ペーパーバイオロジー

著者:土屋英夫/ 出版社:飛鳥新社/ 価格:¥2,310/ 発売時期: 2012年09月

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昨日までの世界—文明の源流と人類の未来 [著] ジャレド・ダイアモンド

[文]永江朗  [掲載]2013年04月26日

表紙画像 著者:ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰  出版社:日本経済新聞出版社 価格:¥ 1,995

■国家のない社会がいいわけじゃない

 人類にとって文明とは何か。こんな大風呂敷を広げたようなノンフィクションって久しぶりだ。『昨日までの世界』は、『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』のジャレド・ダイアモンドの新著。
  「昨日」というのは、人間が国家や文字を持つ前の時代のこと。人類が進化してチンパンジーの祖先と別の道を歩むようになったのが600万年前。狩猟採集の 生活をやめて定住する農耕社会になったのが1万1千年前だそうで、時間の長さでいうと「昨日」のほうが圧倒的に長い。ニューギニアの高地などに住む人びと の生活を参考に、ダイアモンドはあれこれ考察を重ねていく。
 「昨日」の世界を「伝統的社会」、西洋化された世界を「国家社会」とダイアモンドは呼ぶ。そして、領土や戦争、子育て、高齢者の処遇、危険に対する警戒心、病気など、実にさまざまな観点から両者を比較検討していく。
 こういう話は、ときとして「昔はよかった。人類は進歩と引き換えに何を失ったのだろう」などと現代文明批判(と原始礼賛)に終わりがちなのだが、本書はそう単純ではない。
  たとえば高齢者の処遇。フィジー諸島で会った男は著者に、アメリカ社会は高齢者に冷たいと非難がましく言う。日本でも、昔は年寄りをもっと大事にしたの に、という声をよく聞く。しかし、伝統的社会がどこも高齢者に優しいとは限らない。高齢者が強大な権限を持つ社会もあるけれども、その一方で、高齢者が餓 死したり遺棄されたり殺されたりする社会もあるのだ。そして、餓死させたり遺棄したり殺したりするのにも、それなりの理由というものがある。
 国家のない社会が理想的かというと、個人的な喧嘩やグループ間の争いによる死者の多さを考えると、決してそうとはいえなさそう(まるでリバイアサン?)。
 ベストは「昨日」と「今日」のいいとこ取り。著者もそう述べるのだけど、でも、できるかな。

この記事に関する関連書籍

昨日までの世界 上 文明の源流と人類の未来

著者:ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰/ 出版社:日本経済新聞出版社/ 価格:¥1,995/ 発売時期: 2013年02月

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昨日までの世界 下 文明の源流と人類の未来

著者:ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰/ 出版社:日本経済新聞出版社/ 価格:¥1,995/ 発売時期: 2013年02月

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銃・病原菌・鉄 上 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎

著者:ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰/ 出版社:草思社/ 価格:¥945/ 発売時期: 2012年02月

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銃・病原菌・鉄 下 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎

著者:ジャレド・ダイアモンド、倉骨彰/ 出版社:草思社/ 価格:¥945/ 発売時期: 2012年02月

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文明崩壊 上 滅亡と存続の命運を分けるもの

著者:ジャレド・ダイアモンド、楡井浩一/ 出版社:草思社/ 価格:¥1,260/ 発売時期: 2012年12月

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文明崩壊 下 滅亡と存続の命運を分けるもの

著者:ジャレド・ダイアモンド、楡井浩一/ 出版社:草思社/ 価格:¥1,260/ 発売時期: 2012年12月

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世界で一番美しい名画の解剖図鑑 [編著]カレン・ホサック・ジャネスほか

[評者]横尾忠則(美術家)  [掲載]2013年04月21日   [ジャンル]歴史 

表紙画像 著者:カレン・ホサック・ジャネス、イアン・シルヴァーズ  出版社:エクスナレッジ 価格:¥ 3,990

■私たちは絵の何を見ている?

 展覧会場で絵を前にした時何を見ますか。色、線、形ですか。そ れとも構成? また物語ですか。いや作者の人生? やっぱり図像学的知識への関心? 私たちはこのような様々な要因を総動員して何とか「わかろう」と、絵 に食らいつこうとする。結果は言語と感性がせめぎ合うだけで答えが出ないまま次の絵に移る。
 絵を前にするとテストか禅の公案を与えられた気分になるのは、全て頭の作用の結果だ。絵を言語で読み解こうとするから「わかる」「わからない」という迷妄の世界に墜(お)ちてしまう。
  「わかろう」とする以前にどうして「見る」ことに徹しないのか。絵の前で近づいたり離れたりする行為は、まるでアイフォーンで絵をクローズアップして見る ことに似ている。本書はそんな鑑賞者の行為をなぞるように、一枚の絵を断片にばらしてクローズアップで紹介する。拡大された部分に私たちは何を見るのか。 そこにあるのは物質としての絵の具のかたまりや筆跡でしかない。これはもはや絵ではない。絵かもしれないが抽象形態としての色の痕跡のようなものだ。そう 考えるとどんな写実的な絵も抽象の累積にすぎない。つまり私たちが見ているのは図像としてのイメージではなく単に絵の具であることに気づく。
 本書は千年前の中国絵画や中世のジョットから現代のキーファーまで、絵画の部分トリミングによって視線をミクロ的部分に釘付けさせる。そこには芸術的美術的感動も精神性も物語性も何もない。
  例えばジャスパー・ジョーンズの星条旗の絵を見る時、私たちは眼(め)を皿にしてその部分を見る。その時、星条旗は眼に入らない。眼に映るのは表面のマチ エールである。本書のモネ「睡蓮(すいれん)の池」やレンブラント「自画像」も同じ。本書は「絵でない部分」をじっくり見ることでちゃんと絵画の見方を示 唆してくれている。
     ◇
 菊田樹子・保田潤子訳、エクスナレッジ・3990円/英国で美術史の教育や著述に携わる3人による編著。

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世界で一番美しい名画の解剖図鑑

著者:カレン・ホサック・ジャネス、イアン・シルヴァーズ/ 出版社:エクスナレッジ/ 価格:¥3,990/ 発売時期: 2013年02月

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幸福の経済学 人々を豊かにするものは何か [著]キャロル・グラハム

[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)  [掲載]2013年04月21日   [ジャンル]経済 

表紙画像 著者:キャロル・グラハム、多田洋介  出版社:日本経済新聞出版社 価格:¥ 2,100

■幸せな農民、不満な成功者の謎

 幸福は経済学者や心理学者がそれを考察対象とする以前から哲学的な思想のテーマだと著者は主張する。幸福をベンサム的な意味(快楽的な効用)とアリストテレス的な意味(意義深い人生を送る機)の両面から捉え、「幸せな農民と不満な成功者」という謎を解き明かしている。
  本書によると、1人当たりのGDP(国内総生産)が概(おおむ)ね3万ドルを超えると生活満足度との間に明確な関係はなくなり、「尊厳」がアリストテレス 的な幸福概念と一致する。そして、「所得」は豊かさを担保するものとなる。豊かさとは、欲しい物がすぐ、手近な場所で手に入ることと考えれば、ゼロ金利・ ゼロインフレ下の日本は、マクロ的には豊かさを、世界でも最高レベルで実現したことになる。
 そうであれば、本書が提言する「主観的な幸福度」に特化すべきは日本だということになって、成長やマネーといった量的指標を追い求めてばかりで大丈夫かという読後感が強く残る。
     ◇
 多田洋介訳、日本経済新聞出版社・2100円

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幸福の経済学 人々を豊かにするものは何か

著者:キャロル・グラハム、多田洋介/ 出版社:日本経済新聞出版社/ 価格:¥2,100/ 発売時期: 2013年02月

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